※このプレイ日記は2014年12月30日に後援者のぼーぱるばにーさんが製作したものです。




第1315弾





ワールドオブタンクスBLITZ









皆さんの中でミリタリーに興味のない方は「戦車」と聞くと、

どう思いますか?




「キャタピラがある」 「軍隊が使う」 「チハたん∩(・ω・)∩ばんじゃーい」



・・・一個変なのが混じってますね。

まぁ、みなさんが思うのは最初の2つくらいでしょう。


この世の物全てに存在する理由があります。もちろん戦車にも言えることです。


今回はこの場をお借りしまして、「戦車」の起源について

紹介したいと思います。













時は1914年、ヨーロッパは極めて複雑な同盟、敵対関係にありました。

各国の利害、王侯貴族の婚姻関係、民族問題、様々な事情がありました。

結果、欧州諸国は英・仏・露を中心とした「協商国」(連合国とも言う。)と、

独・墺・土を中心とした「同盟国」(中央同盟国とも言う。)に別れ、激しく睨み合っていました。

(イタリアは領土問題があり、当初は中立。後に協商側に立って参戦。)


そしてついに、民族問題から欧州が爆発します。

1914年6月28日、オーストリア・ハンガリー帝国の皇太子夫妻がサラエヴォを訪問中、









ボスニア系民族主義者のプリンチップスに暗殺されます。

暗殺事件の背後にはセルビア政府がいました。

この「サラエヴォ事件」により、オーストリアは事件に対する懲罰としてセルビアに

宣戦布告。オーストリアと同盟関係にある各国も連鎖的に宣戦布告。

セルビアを支援していたロシア帝国も宣戦布告し、ロシアと同盟関係にあった各国も

連鎖的に宣戦布告。










第一次世界大戦が始まりました。


第一次世界大戦、日本人にはあまり馴染みがありませんよね。

それもそのはず、主な戦場は上述の通り欧州でした。

そんな第一次世界大戦、陸戦はどんな感じだったでしょうか?

簡単にいえば塹壕戦です。








機関銃の投入により、今まで有効であった騎兵突撃銃剣突撃が完全に無効化されます。

むしろいい的です。

機関銃は生身で突撃してくる兵たちを片っ端からなぎ倒しました。

ですので、塹壕を掘りました。穴に潜って敵の銃弾や砲弾から見を守ろうとしたわけです。









英軍の塹壕



穴を掘って隠れると行っても、その穴は直線ではありません。

まっすぐだと爆風が抜けてしまいますし、サブマシンガンで一網打尽になります。

画像の塹壕は、一部分でしかありません。











塹壕の一例




敵に入り込まれても防御できるように、爆風や銃弾が抜けないようにジグザグにしてあります。

敵に最も近いところに射撃壕、その後ろに支援壕。

射撃壕が蹂躙された時はここに退却してきます。

射撃壕の前には警戒・監視所。射撃壕と支援壕を結ぶ連絡壕の途中や枝には

退避壕があって、敵が侵入した際に兵が応援に駆けつけます。

退避壕には将校用の設備が整った物もあります。

この上さらに機関銃座や迫撃砲座、病院、トイレ、宿舎などがそこら中に作られ、

完全に迷路です。


しかもこれが第一陣地で、後方には第二、第三陣地と作られました。

この塹壕がスイス国境からドーバー海峡まで







1500キロも続いていました。(画像の赤線は予想)

さてこうなると、おいそれと攻めこむことは出来ません。



最初は砲撃で吹き飛ばそうとしました。

しかし、3000門もの大砲で3日かけて何十万発もの砲弾を浴びせても、

あまり効果はありませんでした。

(大体5〜10%のダメージしか与えられなかった。非効率的。)



そんな時に英軍のアーネスト・スウィントン中佐が目をつけたのが、









アメリカ製の「ホルト・トラクター」


彼はこのホルト・トラクターのキャタピラ(履帯とも言う)による不整地踏破能力に感心し、

これに装甲と武装を施せば、塹壕を突破できると考えました。


しかし陸軍は突飛な考えだと言って話も聞いてくれません。

が、その窮地を救ったのは海軍大臣であった









ウィンストン・チャーチル。


新しいもの好きの彼は同時期に海軍内にあった「陸上軍艦計画」を支持、

試作車の開発を命じます。

そして、試行錯誤の末に完成した世界最初の戦車が、









Mk-T戦車です!!


横から見た形から、通称「菱型戦車」と呼ばれています。


(戦車のことを英語でタンクと言うのは、当初新兵器とばれないように

水を運ぶタンクだと言っていたから)


このMK-1戦車は、従来にはなかった完璧な新兵器でした。

ガンダムで言えばザクみたいな感じです。

初めて見たドイツ兵は、驚き逃げ惑ったそうです。



MK-1戦車はすぐに戦線に投入され、ドイツ軍の戦線を一部では突破しましたが、

ドイツ側も優れた戦術(この戦車は時速6〜7キロしか出ず、故障で落伍する車両も相次いだ。

ドイツ側はそういった車両を鹵獲し、対戦車突撃班を編成した。)

で反撃したため、確たる戦果はあげられませんでした。



では、車内はどうだったでしょうか?

このMK-1は驚異の8人乗り!!

(現用の戦車は大体3〜4名)

操縦手、助手兼前方機銃手、左砲手、左装填手兼機関銃手、クラッチ操作手(機関銃手や

機関士を兼ねることも)、右砲手、右装填手兼機関銃手、クラッチ操作手(キャタピラ一つにつき

1人必要。だから二人いる)。


現在の戦車は乗員が活動する「戦闘室」とエンジンがある「機関室」が分かれていますが、

もちろんそんな気の利いた構造にはなっていません。世界初の戦車だしね。

簡単にいえば、乗用車の助手席にエンジンが有るようなもの。

ムチャクチャうるさいし、排ガスは酷いし、何より熱い!!


号令や命令なんかは聞こえるわけもないので、スパナで周りをガンガン叩いて指示を出したとか。

あと、鳩も積んでいました。

ペットではありません。毒ガスが来たらすぐに分かるようにです。

当然こんなもので満足できるわけもなく、

その後イギリス軍はMK-U、MK-V・・・と改良を続け、

MK-\まで開発しました。


そして菱型戦車を改良する傍ら、更に新型戦車の開発も行っていました。

いくらなんでも菱型戦車の時速6〜7qは遅すぎました。

せっかく戦線を突破しても敵陣を迅速に突破できずに、

体制を立て直す時間を与えてしまっていました。


もっと速い戦車を!!そんな声により作られたのが、









MK-A ホイペット中戦車です。


型番に数字は使ってしまったので、次はアルファベットというわけです。安直。

ちなみに、この戦車の前は向かって右側です。








こんな感じ。


この戦車の出番は菱型戦車が塹壕を突破、破壊した後

敵に追撃戦を仕掛けることなので、

超壕性能はそれほど求められませんでした。

なのでキャタピラは車体下半分のみ。乗員は3〜4名。

(車長、操縦手、機関銃手2名)


最大速度は13q以上!!

格段に高速化され、後の巡航戦車への道を開きました。

(後にMK-B、MK-C、MK-Dと改良されていきました。)


一時大戦中のイギリス戦車はこんなところです。



次のパートでは仏、独の戦車を紹介します。





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