※このプレイ日記は2014年12月30日に後援者のぼーぱるばにーさんが製作したものです。




第1315弾





ワールドオブタンクスBLITZ


PartA








さてそれでは、イギリスの同盟国のフランスはどうだったでしょうか?


やはりフランス軍も塹壕を突破出来ずにいました。

なんとか塹壕を突破しなければ!!フランス軍も当然そう考えていました。

そんな時J・E・エティエンヌ大佐は、ホルト・トラクターを見学して

「これだ!!」と思いつきます。

ってこの流れイギリスと変わんないじゃん!

やっぱりホルト・トラクターはすごい車両です。


早速軍上層部にかけあって、シュナイダー社に試作を命じました。

こうして完成したのが、








シュナイダーCA1戦車です。


ホルト・トラクターの足回りをほぼそのまま作り、上に箱型の戦闘室を置くオーソドックス

なスタイル。1916年2月に完成し、いきなり400両の大量発注を受けました。


さてそうなるといい気持ちがしない人たちがいます。

蚊帳の外に置かれているフランス陸軍自動車管理局です。

戦車は自動車では無いが、なんとか食らいつかなければ発言力が落ちる!

リメイロー大佐は大急ぎで設計した車両をサン・シャモン社に作らせます。

しかも試作もできていないのに400両もの大量発注を行う始末。対抗心メラメラである。










こうしてサン・シャモン戦車は完成しました。

では実戦ではどうだったでしょうか?

シュナイダーCA1の方は車体が小さすぎて塹壕をうまく越えられませんでした。

より大きなサン・シャモン戦車は機関部に問題を抱えていました。

なんとこの戦車の機関はエンジン・モーター駆動!

エンジンで発電し、モーターで車体を動かす。複雑で故障の多いクラッチを

搭載しなくていいわけだね。うまく行けば。

実際やってみると故障連発だったそうです。

1930年代のドイツでも苦戦したのだから、無理もありません。


問題点もありますが、ぜんぜん使えないわけでもありません。むしろ作ってしまったの

だから使わなければなりません。

とは言え、あまりにも鈍獣で機動力がなく視界も良くなかったため、

これらの戦車よりも軽快で素早い軽戦車が必要になりました。


シュナイダーCA1戦車の生みの親であるエティエンヌ大佐は、今度はルノー社に試作を命じます。

シュナイダー社の戦車があんまり良くなかったからですね。

戦車不要論まで出てしまいました。


しかしルノー社は軍用トラックの生産で手一杯。にべ無く断られますが、エティエンヌ大佐は

粘り強く交渉し、ついに開発が開始されます。

そして完成したのが傑作車である








ルノーFT17軽戦車です。見た目から近代的な感じ。

この戦車は前方に操縦手が乗り、その後ろに機関銃手兼車長が乗る2人乗り。

操縦方法は操向レバーとシフトレバー。それにペダル類とシンプルで、1人で操作が可能。

エンジンと乗員の間には隔壁が設けられて、戦闘室と機関室が分けられました。

これによりエンジン火災からも守られ、騒音や振動、熱からも遮断されました。画期的。







車内レイアウト



更に画期的だったのは、車体上部に360°旋回可能な「旋回砲塔」を備えたこと。

今までも試されていましたが、重心の関係上断念されていました。

旋回砲塔が搭載されたことにより、死角なく攻撃できるようになりました。

また旋回砲塔にハッチを設けたことにより、スムーズに乗降できるようになりました。

武装は砲塔の8o機関銃。後に37o砲や57o砲搭載型もつくられました。

つまりこのルノーFT17軽戦車は出来た時から現代戦車の完成形、正解だったわけです。

ルノーすごいですね。


路面状態が良ければ時速20q発揮可能で、フランス陸軍も性能に満足。

全力で生産を行い、最終的には3500両以上の大量生産を行い、各国に輸出されました。








輸出され、大日本帝国で運用される本車。






では、敵国のドイツはどうだったでしょうか?

ドイツでは「そんなのいらね。」と言って全然作られていませんでした。

計画はあったようですが。

塹壕は新戦術の「浸透作戦」で突破しようとしていました。


ところが戦場にイギリス軍とフランス軍の戦車が現れます。

生身で立ち向かうのは厳しい。

「オレっちにも戦車を!!」

軍首脳もようやく重い腰を上げ、戦車開発を始めます。

まずはアメリカからホルト・トラクターを全速力で輸入し、キャタピラの解析から始めました。

またホルト・トラクターだよ・・・。


そして紆余曲折をへて完成したのが








A7V戦車です。


シャーシ下部まで装甲で覆い、大型で背の高い戦闘室を備えていました。

全高3.5mもあり、中では乗員が立って移動出来ました。

乗員はなんと18人!まるでバスですね。

実際、揺れた時用につり革代わりの荒縄が垂れ下がっていました。

ようやく完成したA7Vでしたが、わずか20数両しか完成しませんでした。

戦況には何ら影響を与えられずに終わりましたが、イギリス軍のMK−W

戦車を相手に史上初の戦車戦を行っております。


ドイツの戦車でまともに使われたのはこれだけです。

残りは試作だけだったり、計画のみです。あまりにも遅すぎました。



さて、以上の内容を含めて次に行きます。




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